突然ですが、私は「キャリアパス」という言葉がキライです。
「キャリアパスはどう考えているの?」など質問されると、つい反抗的な態度を取りたくなります。
なぜなんだろう?と考え続けて、思いついたことがあります。
ひとつは、「キャリアパス」と言われるときには、だいたい「会社員として、この会社でどのようにキャリアを重ねてゆくつもりなのか?」という意図が背後に込められていることが多いから、です。
本来まず考えるべきことは、「会社員として、この会社でどうキャリアを積むか」ではなく、「どのような人生を生きたいのか、そしてそのためには、どのような仕事をするのか」であるはず。
にもかかわらず、「キャリアパス」を問われる時には、「今の勤務先で会社員を続けること」が大前提となってるのです。この「人生不在」感に、強烈な違和感を抱くのです。
もうひとつは、「キャリアパス」という言葉が醸し出す、「計画を立てて、計画通りに遂行して、目的を達成する」というニュアンスに面白みを感じないから、です。
もちろん、計画を立てて、その通りに着実に実行し、目的を達成することも大切です。
しかしながら、人生は良くも悪くも、「予期せぬ偶然の出会い」がもたらす衝撃、「想像もしていなかった出来事」があるからこそ、味わい深いものになるのではないか…。
そう考えるがゆえに、「キャリアパス」という言葉から受ける、「計画至上主義」的な語感が、どうしても好きになれないのです。
あくまで主観的な印象ですし、「キャリアパス」自体を全否定するつもりはありませんが、この言葉が発せられた時に、「人生不在」になっていないか、立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。
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